きなものがあるに違ひない。それが何だろう。自分が校長の子でなくなつて乞食になるのだらうか。そんなことではない。何か漠然とした悲愴な未知の世界があるのだ。……
私は寝床の上でぢつと目を開いて考へた。併しいくら考へてもそれが解らなかつた。自分の死に対する恐怖はいつの間にか去つてゐた。併しその漠然たる不安が小さな胸を押しつけた。
「いや併し父は死にはしない。そして自分も死にはしないのだ。」
暗い所にゐる者もいつの間にかゐなくなつてゐた。そして一条の黄色い線がすーつと其跡に走つてゐた。傾きかけた日が、雨戸の立て隙を通して、斜に光りを射込んだのである。
此少年は今度は其日の線を見凝《みつ》め乍ら、先から先へ連なる不安と、其不安の究極《いやはて》にある暗く輝かしいものを、涙を溜めて思ひ続けた。
いつの間にかうと/\して来た。小さい精神の疲れが恍《くわう》とした数分時の微睡《びすゐ》に自分を誘ひ入れた。そこへ、
「家中病人だらけだ!」
と云ひ乍ら兄が入つて来た。
目をあけて見るともう巨人も一条の線も壁にはなかつた。只粉つぽい薄暗が一体に室中《へやぢう》を罩《こ》めて、兄の顔が白くぼんやり
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