、その脂色《やにいろ》の人の居る所へ、何かに導かれて行つて了ふのでは無いかと思つた。さう思ふと、暗い所にゐる眼を瞑つた人が益々自分の方へのしかゝつて来るやうに思はれた。私は思ひ切つて眼を見張つて、その暗がりをぢつと見て遣つた。初めはそこに在つた者は黒い所に薄白く見えたやうな気がした。がよく見ると黒い所に猶黒く影を作つてゐるやうにも思はれた。そして了ひには何《ど》つちだか解らなくなつた。併《しか》し何かゞ居るのだと幼い心が感じた。さうだ。何かゞ息を潜めて、すべての暗い所に俺を見張つてゐるのだ。俺の隙、俺の死を!
其時ふと細かい戦慄が足の方から込み上げて来た。
「お父さんと一緒なら怖くはない。」
さう思ひ乍ら私は健気《けなげ》にも、それを理智で抑へようとかゝつた。併《しか》し乍ら其次に起つた小さな推理は、父は大人だから此儘死なないかも知れぬと云ふ事で私を脅した。そして自分一人が取残される。さうすると其先はどうなるであらう。私は祖母なぞのよく云ふ神に祈ると云ふのはかう云ふ時なのだと思つた。そして寝床の中に身を正して、一生懸命に祈つた。どうぞ神様、死ぬならお父さんと一緒に死なして下さい。生
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