得なかつた。
 感動が到る処にあつた。
 やがて此|報知《しらせ》が上田の町家《ちやうか》の戸《こ》から戸へ伝へられると、その夜の静かに燃える洋燈《らんぷ》の下では、すべての人々がすべての理由を忘れて父の立派な行為を語り合つた。

     七

 葬式の日はうつすらと晴れ渡つた。
 葬列の先には楽隊がついた。私にはそれが非常に嬉しかつた。私は黒い紋附の羽織を著て、其の裏のしう/\鳴るのを聞き入り乍ら、香炉を持つて棺の後ろに従つた。前には四歳上の兄が位牌を捧げて子供らしい威厳で歩いてゐた。吾々のうしろには殆んど全町の知識階級を挙げた長い長い葬列がつづいた。男女の生徒が其半ばを占めた。女の先生、女の生徒の中には眼を赤めてゐる人もあつた。
 沿道では女の人などが自分らを指して何か云ひ合つてゐた。私にはその批評されてゐるといふ意識が何となく愉快であつた。それで自分も出来るだけ威儀をつくろつて歩いた。何と云ふ妙な幸福を父の死が齎《もた》らした事であらう! 私はもう偉大なるものゝの影が[#「ものゝの影が」はママ]伝ふる感動の中に、心から酔ひ浸つてゐたのだ。……
 葬列は町を出て田圃道にさしかゝつ
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