つてゐた。
「どうだい。よく燃えたもんぢやないか。」見物の一人が顧みて他の一人に云つた。
「うむ、何しろ乾いてると来た上、新校舎がペンキ塗りだらう。堪まりやしないよ。」と一人が答へた。
「またゝく間に本校舎の方へ移つたのだね。」
「うむ、あの六角塔だけは残して置きたかつた。」
「でも残り惜しさうに骸骨が残つてるぢやないか。」
かう云つて二人は再び残骸を見た。併しその顔には明かに興味だけしか動いてゐなかつた。私にはその無関心な態度が心から憎らしかつた。
他の一群では又こんな事を話し合つてゐた。そしてそこでは私は明かに父の噂を聞き知つた。
「何一つ出さなかつたつてね。」
「さうだとさ。御真影まで出《だ》せなかつたんだとよ。」
「宿直の人はどうしたんだらう。」
「それと気が附いて行かうとした時には、もう火が階段の処まで廻つてゐたんださうだ。」
「何しろ頓間《とんま》だね。」
「それでも校長先生が駆けつけて、火が廻つてる中へ飛び込んで出さうとしたけれども、皆んなでそれをとめたんだとさ。」
「ふうむ。」
「校長先生はまるで気狂ひのやうになつて、どうしても出すつて聞かなかつたが、たうとう押へら
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