と云つてるんです。」
「ふむ。すると気合師なんだね。」
「えゝさうです。何んでも気合一つで鳥獣を眠らせたり、函《はこ》の中にあるものをあてたり、又は刀で腕の上に載せた大根を切つたり、ビール罎《びん》を額に打ちつけて割つたりするんです。」
「ふうむ、それは異つてるね。実は今チャリネ館には君も知つてるだらうが羽黒天海と云ふ手品師が一人ゐるんだがね。」
「あゝ、あの骨牌《かるた》と赤玉のうまい。あれでせう。」と手品師は重役の口吻《こうふん》に満足して云つた。「あの人のは普通の手品です。」
「ぢや試験に一つ君のを見せて貰《もら》へまいかな。何処《どこ》でも一応は試験をするんだが。……」と重役は云つた。
「えゝやりませう。お目にかけなくちや私の技倆は解りますまいから。」手品師はあらゆるかう云ふ芸人に共通な自慢さを以て云ひ放つた。
 事務員たちは卓子《テーブル》を少し引寄せて、広くもない事務所の中央に余地を作つた。黙つてゐた作者も笑ひ乍ら手伝つた。そして彼等は重役と共に傍の壁に凭《よ》りかゝつて、此の手品師のする処を見てゐた。
 手品師はするりと上衣《うはぎ》をぬぎ棄《す》てた。彼は快活に周囲を見
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