「えゝ。怪我をするだらうと思つて打ちつける時前へ引くと、切ることがあります。打ち付けたまゝ頭の方へ辷《すべ》らすやうにすれば、万に一度の怪我しかありません。」
 暫らくするとそこへ大根を持つて受付の女が帰つて来た。
「ほう、これなら上等々々。あなたはお見立が大変お上手です。」手品師はもう渡り物特有の心易さでそんなお世辞すら云つた。そしていきなり自分の左腕をまくり始めた。可成《かなり》逞《たく》ましい赤黒い腕が、たくし上げた縞のシャツの袖口からくゝられたやうに出て見えた。人々は何をするのかと思つてその赤い腕とその上に載せられた白い大根とを見比べた。
「この大根を此の手の上で真つ二つに切つて御覧に入れます。御覧の通り此の手は贋物《にせもの》ではありません。そんなことを云ふと私のおふくろが怒ります。」
 案内女たちがくす/\と笑つた。彼はそれに元気づいて云つた。
「ひよつとすると私は半分位此手を切るかも知れません。その時は御婦人方の中どなたかが血を啜《すゝ》つたり、白いハンケチで拭《ふ》いて下さるでせうな。では早速乍ら取りかゝりませう。」
 手品師はきつと真面目《まじめ》な顔に還《かへ》
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