つて、右手に少し長い刀を取り上げた。緊張がしばらく彼の顔に漲《みなぎ》る……額のあたりが少し蒼《あを》ざめて、眼が猛々《たけ/″\》しく左腕に注がれた。彼は明かに大根の厚さを計量してゐるらしかつた。そして一二度刀をふり下す拍子を取つて、さつきと同じく「やつ!」と叫ぶと、瞬《またゝ》く間に大根は二つに切断されて床上に散らばつた。
「まあざつとこんな調子です。」彼は吾れと吾が詭術《きじゆつ》に酔つたやうな顔をして四方《あたり》を見廻した。そしてその眼は不自然な凝視で以て重役の上に暫らく止まつた。
「いや御苦労。面白かつた。ではいづれ正式に契約するが、兎《と》に角《かく》チャリネ館へ出て貰ふとしよう。それから君は何か看板になるやうな肩書はないかね。新帰朝以外に。何かかう……米国皇族殿下台覧とでも云ふやうな、……」
「米国に皇族があるもんですか。」作者が笑ひ乍ら云ふ。
「なあに例《たと》へて云つたのさ。皇族が大統領でもかまひはしない。」
「では前大統領ルーズベルト夫人台覧と云ふ事にしませうか。」と手品師が事もなく云ひ放つた。
「そいつはいゝ。ルーズベルトなら獅子狩《しゝがり》にゆくから、その夫
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