と肩をすくめた。
「ほんとに行つて来て呉れないか。」と終《しま》ひに重役が云つた。女は口で云ふほど厭らしい様子もなく、笑ひ乍ら大根を求めに出て行つた。
「あゝ鳥渡々々《ちよつと/\》。」手品師が呼びとめた。「しなびたのは不可《いけ》ませんぜ。あなた方のやうに水つぽくて一切りでさくと行くんでなくちやあ。……」かう云ひ乍ら、彼は案内女の方を向いて笑つた。
「では其間に一つ私の面《つら》の皮の厚さ……と云ふよりは額の骨の固さをお目にかけませう。ビール罎を一つ持つて来て下さい。」
 ビール罎が持つて来られた。すると彼はその赤黒い罎をとり上げて事もなげにこつ/\と二度ほど額を叩き、三度目にぐるりと手を振り廻したかと思ふと、やつ! と云ふ懸け声と共に、眉間《みけん》を目がけて発矢《はつし》とばかり打ちつけた。すると其瞬間に彼の額の上から赭《あか》色の硝子片《ガラスかけ》がぱつと光を出して飛び散つた。人々が驚いてその顔の所在を探すと、思ひがけなくも彼はその少し赤らんだ額をまじり/\と撫《な》で乍ら笑つてゐる。……
「よく怪我《けが》をしないものだね。」しばらく呆気《あつけ》にとられてゐた重役が訊いた
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