たら、中途でよす人がないさうですからね。貴方はどうですか。」
「さあ、僕もよせさうもありませんがね。なか/\うまくならないんで、癪にさはつて居ます。」
「だがどうです。ダンスをおやりになつてからの御感想は。――もつと若い中から、おやりにならなかつたのを、悔いるやうな気持はしませんか。僕なんぞは頻《しき》りにさう思ひますがね。これが二十代の頃からやつてゐたら、どんなに楽しかつたらうと。」
其の人はこんな風に、それからダンスに関する雑感を僕に徴《ちよう》した。
「いや、併し其の点では、僕は此年から始めたのを、寧ろ幸福に思つてゐます。と云ふのは、僕らも此頃はすつかり老い込んで、引込み思案になりかゝつた時、急に是をやり始めたら、何だか青春を取返したやうな気がしましたからね。是が若しもつと早く始めたら、妙に上づゝて了つて、かう静かに楽しくないかも知れません。僕は西洋人の年寄りなぞが、孫娘を連れて踊りに来てゐるのなぞを見ると、非常に嬉しく涙ぐましいやうにさへなります。今日も一組来てゐますね。」
「老夫婦が踊つてゐるのなぞも、美しい図ですね。それから横浜から来る領事の子供とかで、十七八になる姉娘と
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