でももつと図々しくなる修養の積りで、おやりになるのが一番なんです。」
それでも其の頃舞踏場で知り合になつた、或る音楽家みたいな新聞記者みたいな男から、さう忠告された位ゐだつた。
併し私は矢つ張り、女の人に相手を申し込む時、鳥渡でも厭《いや》な顔をされると、すつかり悄気《しよげ》て了ふのが常だつた。或時は、私が相手を申込むと、其の人が人身御供にでも上つたやうに、廻りの人が目交《めまぜ》で笑ひ合ふのを見た。そして一生其人たちとは、踊るまいと決心したが、併し又、他の知つてゐる人もない時は、節を屈して、と云ふよりは自分の芸道が到らぬのを嘆きながら、止むを得ず申込む外なかつた。それを又舞踏場で知り合つた、或る紳士に笑ひながら訴へると、其の紳士も云つた。
「いや、併し誰でも、一度は断られたり、侮辱されたり、ひどい目に会はされて来たんですよ。僕なんぞも或る女に申込んで、疲れてゐるからつて断られたのに、ふいと見ると今現に断つた女が、うまい西洋人と一緒に踊つてゐるのを見て、腹を立てた事がありましたよ。が、さう云ふ目に会つてもどうしても、是《これ》ばかりはやめられないから愉快ですね。何しろダンスを始め
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