切つて、踊つて見る気になつた。そしておづ/\と、滑《なめらか》に光つてゐる床の方へ、夫人と一緒に出て行つて向ひ合つた。そして見やう見真似と、松山君に鳥渡教へて貰つた通りの作法で、夫人の右手を自分の左手で取り、右手を既に袂《たもと》を少し掲げて、挿し入れるやうに用意してゐて呉れる夫人の腋下から、擁《かゝ》へるやうに背へ当てた。何だか不安で、自分の腋下《えきか》に汗を掻くやうな気持だつた。そして身体《からだ》も不安定だつた。それは平常対人関係に於《おい》て、握手とか抱擁とか云つたやうな、接触に少しも馴れてゐない日本人としては、誰しも無理のない事であらう。併《しか》しそれでも、決して性的の気持とか、それに類した感じなどは、少しも起らなかつた。――それは相手が平岡夫人だつたから、と云ふ訳からではない。性的な事などを、考へる余裕もない程、如何《いか》に踊るべきかに就いて、焦慮し専念されてゐるのだ。
それにつけても一体に、社交舞踏が一種の性的情緒を起すと云ふことが、一部の非難にはなつてゐるが、しかし私自身の経験から云へば、舞踏者それ自身に、なか/\、殆《ほと》んど決してと云つてもいゝ程、さう云ふ
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