気持にはならないものである。それは私が、まだ芸道未熟で、それだけの余裕がないせゐもあらうが、事実他の人々に聞いても、踊つてゐる中は大抵誰でも……シミイとかチークとかいふ特殊なダンスでない限り、さうした欲情に捉はれる事などはないさうである。そして若《も》しありとすれば、それは一種抽象的な、浄化された気分の醸製に過ぎなからう。却《かへ》つてさう云ふ感じを起すのは、踊らない、踊りを知らないで見てゐる、第三者の閑《ひま》な聯想《れんそう》のやうである。
余談は扨《さ》て措《お》き、かうして私は平岡夫人と、不安な足どりのまゝ、誘《いざな》ふやうな音楽に連れて、曲りなりにも歩き出した。よた/\と、ひよこり/\と。……平岡夫人は併《しか》し懸命に、此の何時《いつ》踏み間違ふか分らない私の足を、敏感に予知してうまく従いて来て呉れた。
一と舞曲の間は永かつた。中途で早く止んで呉れゝばいゝと思ふ位ゐだつた。が、其の中《うち》に不安の中《なか》にも、何だか妙な快感が生じて来た。少しの間でも、自分のステツプが一人前らしくなだらかに行くと、何だか天地の音律《リズム》と合致したやうな、一種の愉悦の念を覚えて来
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