かれてゐた。
夕飯《ゆふはん》後など、原稿が書けないでゐると、風の加減で山の上から若葉越しに軽快なダンス・ミユージツクが、手に取るやうに聞えて来る。さうすると何となく、どうしても、見にだけでも、行《ゆ》かずには居られなくなる。……さう云つた訳で、ボールのある毎《ごと》に、ちよい/\自分は其方《そつち》へ出かけて行つて、人々の踊るのを眺めてゐた。
そしてたうとう、或時マダム平岡に舞踏場の中へ引き出された。此の園主夫人は、日本婦人中でも一二と云はれる、社交ダンスの名手であるが、前から熱心に私にもダンスをやるやう勧めてゐた。
「……ほんとにいゝ運動ですよ。私《わたし》などはダンスのおかげで、此頃は大変丈夫になりました。ダンスの後はほんとによく疲れて、夜もグツスリ寝られるやうになりますからね。」
夫人は繰り返し繰り返し、さう云つた。
ホテルに同宿してゐた、浅野造船に出てゐる英国人の技師も、頻りに good exercise だと云つて私に勧めた。
「まあ兎に角、私と一緒にボールの真ん中へ出て、勝手に歩いて御覧なさい。踏んだつて関《かま》ひませんから。」
夫人にかう云はれると、私は思ひ
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