、こんなものなら、俺にだつて直ぐ出来さうだ。」と云ふやうな心持《こゝろもち》だつた。音楽に合《あは》して、歩いてゐれやあそれでいゝんぢやないか。と、そんな風に造作もなく思つた。それが病みつきの本《もと》で、又間違ひの本だつた。――全く社交ダンス程、入《い》り易くて、達し難きものはない。が入《い》りいゝ事だけは確かだ。そして別にさううまくならなくても、自《みづか》ら楽しみ得さへすれば、社交ダンスの目的は終るのだから、それだけでもいゝのだ。
兎に角、私はかうして見て居る間に、直ぐ踊りたくなつたのは事実だつた。が、それと同時に、何だか気恥しいやうな、何ものにか済まないやうな気も起らないではなかつた。そして、それは動《やゝ》もすると、坊間《ばうかん》の「ブルヂヨアに対する反感」に似たものへ、迎合されさうな気さへした。
一時間ほど居て、僕たちは其処を出た。
「どうだい。ダンスは?」僕は一緒に大人しく見てゐた、O君とS君とに云つてみた。
「うむ。新時代の女性も悪くないが、あゝいふのゝ仲間入りは少々恐入るね。僕には到底エトランゼエだ」
「ダンスなんて一種のぐわん[#「ぐわん」に傍点]みたいなもん
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