た松山君が、
「どうです。そんなら僕らのダンス場へ行つてみませんか」と誘つて呉れた。
 ジムバリストからダンスへ。何だか少しジムバリストの後味《ナハシユマツク》に対して済まないやうにも感じたが、生まれてまだ一度もダンス場なるものを見た事がないので、かう云ふ機会を外《はづ》しては、又わざ/\其《そ》の為めに出かけでもしない限り、ダンス場なるものに近づけないと思つて、直ぐ従《つ》いて行《ゆ》く事にした。音楽会からダンス場へ。――それは又|所謂《いはゆる》かの「文化生活」とやらに誂へ向きな話だ。
「文化生活」と云ふものも、味《あじは》つて置いて損はない。そんな一種皮肉な気持もあつて、例の微苦笑を湛へながら、兎も角も其の当時在つた江木《えぎ》の楼上へ行つて見た。
 其処《そこ》には其の頃研究座に出る女優さんが、二人来て居た。二人とも髪を短く切つて、洋服を着てゐたが、それが反感を持てぬ位《くら》ゐ、よく似合つてゐた。私は急に何だか異つた世界へ、誘ひ込まれた小胆《せうたん》さで、隅の方で小さくなつて見物してゐた。
 やがて蓄音器をかけて、松山君と其の人たちが踊り始めた。其の踊りの第一印象は、「何だ
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