しかった。浅沼の去ったことが、皆の心もちにすべて異分子が除かれたというような感じを齎《もた》らして、皆の一倍親しみを作ったのであろう。小さな不和が大きな不和の去るとともに息を潜めたのであろう。すべてのことは主将の窪田の命令通りになされた。窪田はそれを命令として明白には口に出さなかったけれど、多年の経験から黙々として自分からやり出した。すると他の選手たちは命令によって動くという意識なしに、窪田の思い通りにそれに従い初めた。窪田の物倦《ものう》げに垂れた眼瞼の奥には、勝利を孕《はら》む幾多の画策が黙々として匿《かく》されてあった。けれども彼は一言もそれを口に出さなかった。彼は他の選手に鞭撻めいたことを一言も言わなかった。そしてじっと他の選手が彼ら自身の方から自発的に気色ばんで来るのを待っていた。彼の態度にはちょっと老将というような概《おもむき》があった。
十時近くなると皆は五分ずつバック台をやってそして健やかな眠りについた。久野だけが永い間眠らなかった。彼はまだ脚本を書き了えなかった。そしてその草稿を合宿所の二階へ持って来て書くことにした。それで第四幕をとうとう未定稿のままで発表すること
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