つもりで言った。
「君が選手に出てくれなくちゃ流れるんだ」と窪田は久野の調子に引き入れられて彼には不似合いな冗談を入れた。
「全くです。流れかかってるんですよ。だからお願いします。溺《おぼ》れかかった人は藁《わら》でもつかむと言うじゃありませんか」と津島まで突拍子もないことを言い出した。
「じゃ僕を藁にしようと言うんだね」と久野は笑い続けた。「掴《つか》んで見てから無駄だったって後悔し給うな」
「大丈夫。助けると思ってどうか頼む」
「じゃ一つ甘んじて諸君の藁になるとするかな。しかし他の奴《やつ》らはまた久野が野次性を出し初めたと言うだろう」
「言ったって平気じゃないか」
「うむ、それは平気だ。芸術家の第一歩はすべてのものに好奇心を動かすのにあるんだそうだからね」
「全くです。全くです」と津島は久野の心持がまた変りでもすると大変だと思って、念を押した。「じゃ出て下さるんですね」
「まだ思案最中なんですよ」と久野は快答を与えるのが惜しいような心持で言いながら、首を俛《うなだ》れてみた。「何しろ書きかけてるんだからなあ」
「一体いつごろまでに出来るんだい」
「十五日までには書き上げる予定なん
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