身が入らないんです。それに何でしょう。競漕なんてものは一度はやって見ると面白いものですよ。合宿生活なんぞも学生のうちでなければ、到底味わうことが出来ない経験ですからね。あなただってやって決して損なことはありません。きっと請け合います」
「そうだ」窪田もそれに力を得て口を添えた。「創作でもするっていう人ならなおさらのことだよ。たまにはこういう団体生活もして見るさ。合宿生活なんてものは、全く単純で原始的で面白いものだよ。ある種の獣的な生活だがね。是非一度はやって見る必要があるよ」
「それあ僕だって好奇心の動かぬことはない」と久野は答えた。「しかし何しろ脚本も書きかけているんだし、それに舵を曳いた経験も古いことだからなあ。僕に堂々たる文科の選手なぞが勤まりはしないよ」
「それあ大丈夫だよ」と窪田がようやく久野の心の動き出したのを見て言った。「その点については心配することはない」
「全くそれは大丈夫です」津島も窪田の後から言い足した。
「窪田君のような隅田川の河童《かっぱ》がいるんですから、万事この人に任かせておくといいです」
「河童が川流れをするようなことはあるまいね」と久野は自身で、警句の
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