して二人でまた新らしく後任の誰彼を物色して見た。するとその時ふと窪田が久野のことを思い出した。久野なら高等学校の時、組選の舵を引いて敗けたことがある。その前年に体《からだ》を悪くして転地していたが、もう帰って来ているはずである。現に二三日前も本郷の通りで会った。その時の話ではまた戯曲を書きかけているので、ばかに忙しそうなことを言っていたが、あの男が自分で言うのだから、そう忙しいと定《き》まったわけでもあるまい。まあ行って勧誘して見よう。というようなことに二人は話を定めた。そして津島はまだ会ったことがないのだが、行って二人で攻めたら大抵承知するだろうと言うので、すぐ久野のいる追分の素人《しろうと》下宿へ行った。
 久野はその時、彼の言葉通りに彼の第三番目の習作で、かなり大きな戯曲に取りかかっていた。机の上には二人の来たのを見て、急いで隠くした原稿紙が書物の下からはみ出していた。ちょっとした学生同志の挨拶《あいさつ》が済むと、窪田はちらと机の上に目をやりながら、まだ何用でこの二人が来たのかを推測しかねている久野にいきなり言いかけた。
「実はねえ。短艇の選手が急に一人足りなくなったんで、君に
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