って傍の壁に凭《よ》りながら見ていた。彼の顔には、「だんだん俺《おれ》の思い通りになって行くぞ」という満足の微笑があった。
二三日してから法科がまた口惜しがって挑戦《ちょうせん》をして来た。その時は四分の力漕をやってこっちが半艇身ほど敗けた。けれども法科とおっつかっつ[#「おっつかっつ」に傍点]に行くというのはもう紛れもない事実であった。そして皆はそれにかなり満足していた。
三
競漕の日はだんだん近づいて来る。その一週間ほど前に学習院の競漕会があった。それには文農二科が来賓として混合競漕をするはずになっていた。混合というのは敵味方の中堅――三番四番――を交換して漕ぐのである。この時が敵味方初めて正式に顔を合わせるの時であった。双方の艇は一緒に台船のところで順序の来るのを待っていた。選手の中では高等学校の関係から知った顔もあるので互いに挨拶《あいさつ》などをし合った。それからまるで艇のこととは関係のない問題を何か話し合っていた。文科の整調の窪田は農科の舵手《だしゅ》の高崎と同じ中学を出て同じく一高に入った親友であった。しかし高等学校の時からしばしば敵対の地位に立たせられ
前へ
次へ
全36ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久米 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング