漕ぎ溯《のぼ》って練習して見ようということになった。久野らは千住の手前で二度力漕をして、それからネギ(力を入れない漕ぎ方)で榛《はん》の木林の方へ溯った。するといつの間にかあとから農科の艇も漕ぎ上って来た。それも同じ調子でこっちを執拗《しつよう》に追跡して来るのである。何でも向うではこっちがそのうちに漕ぎ疲れて休むだろうから、そしたら漕ぎ抜いて早く上流へ溯ろうというのであろう。そうなるとこっちも意地である。向うが漕ぎやめるまでこっちも漕ごうという気になった。そしてネギとは言い条ほとんど力漕に近い努力で漕ぎ続けた。向うでは相変らずの調子で追うてくる。それでも艇と艇との間にはだんだん隔たりが生じてくる。皆はなおも興奮して小声で「ずんずん抜いてやれ」と囁《ささや》きながら漕いだ。ところが榛の木林を出外《ではず》れたところの川の真中に浚渫船《しゅんせつせん》がいて、盛んに河底を浚《さら》っていたが、久野は一度もこっちへ溯ったことがないので、どっちが深いのか分らず、何でも近い方をと思って船の左側に艇を向けたら、たちまちにして浅瀬に乗り入れてしまった。さあ皆が大いに慌《あわ》ててバックをして見たが
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