朝はお終《しま》いまで残された。この二科はよく台船のところで一緒になった。
「いやあ、どうだい」医科の三番を漕いでいる背の高い西川という男が、高等学校以来の馴染《なじ》みでこっちの窪田に話しかけた。
「不景気だ」と窪田が言う。「農科の奴《やつ》ら八時ごろから出てやがる」
「文科っていうところはいつでも呑気だなあ」
「なにを言うんだ。君の方だって今出るんじゃないか」
「僕らの方は毎朝|腿《もも》を強くするために、三十分ずつランニングをして、それから一時間ほど寝てこっちへやって来るんだ。君の方の呑気とは違う」
「僕の方は自然のリトムに任せてやってるんだからな。決して無理はしないよ」
「ふん、短艇上の自然主義か。自然のままに任せて敗けないようにしろよ。今年の農科は素敵に強いぜ。身体だけを比較したら五科中一番だろう。おまけに柔道三段の奴が二人いる」
「柔道で短艇は漕げやしないよ。それや身体から言えば僕らの方が一番貧弱だ。がまあ勝負というものはわからないもんだからな」
「何しろお互いにしっかりやろうや」
「うん」
こんな会話がよく二人の間に交わされた。法科と医科とはいつもこっちと親しい口をきい
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