一〇、五三三、〇一九となるが、これは、一八一〇年の人口実測以上に出ずること四万五千であって、十年間に国外で死亡したと思われる数をほとんどちょうど残すこととなる。国外での死亡者数は一般に男子出生の四・四分の一パアセントと計算されているが、しかし今の場合には、問題の時期に国外で死亡した男子の数をもっと正確に確かめる方法がある。最近の人口報告では、男子と女子との出生と死亡が別々になっている。そして男子と女子との死亡と比較しての、女子出生以上に出ずる男子出生の超過から見れば、四万五千人の男子が国外で死亡したことがわかるのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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 1)[#「1)」は縦中横] See Population Abstracts, 1811, page 196 of the Parish Register Abstract.
 一八〇〇年ないし一八一〇年の国外死亡男子の比率が通常より低くなっているのは確かに極めて異常なことであるが、しかしこの期間の記録簿はこれを立証するものの如く思われるから、私はこれに従って計算を行うこととした。
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 従って、右に推定した出生及び埋葬の脱漏はこの限りではよくこれと一致するように見える。
 同一の推定が、十箇年間における九、二八七、〇〇〇から一〇、四八八、〇〇〇への増加をも説明する如き、出生対死亡の比率並びに死亡率を、与えるか否かを、確かめる必要がなお残っている。
 一八一〇年の人口を、これに先立つ五箇年間の平均出生に六分の一を加えたもので除すと、出生の人口に対する比率は一対三〇であることがわかる。しかし、もし人口がある速度で増加しているならば、五箇年間の出生の平均は、この期間の終末における人口と比較して、低過ぎる出生率を与えなければならぬことは、明かである。更にまた、五箇年間について正しい比率も十箇年間については正しくないということは、常にあり得ることである。問題の期間における人口の増進に当てはめ得る真の比率を得るためには、吾々は、全期間に対する出生の年平均を、全期間の平均人口または中位人口と比較しなければならない。
 出生の総数に六分の一を加えれば、前述の如く、三、三五八、七二三となり、そして十箇年間の年平均は三三五、八七二である。中位人口すなわち一〇、四八八、〇〇〇(一八一〇年の人口)と九、二八七、〇〇〇(一八〇〇年の修正人口)との中項は、九、八八七、〇〇〇である。この後者の数を出生の平均で除すと、出生の人口に対する比率は一対三〇ではなく一対二九・五弱となるが、これは大きな相違である。
 同様にして、一八一〇年の人口を、それに先立つ五箇年間の埋葬の平均に一二分の一を加えたもので除すと、死亡率は約五〇分の一となるであろう。しかし出生に関すると同一の理由により、五箇年間の埋葬の平均をこの期間の終末の人口と比較すると、低過ぎる埋葬率とならざるを得ない。更にまた、今の場合において、埋葬の人口に対する比率が決して全期間を通じて引続き同一でないことは、周知のことに属する。事実上記録簿は明かに、この国の健康状態の改善と、十箇年間逓増的な死亡率の低減を示している。そして年出生の平均数は二六三、〇〇〇から二八七、〇〇〇へ、すなわち八分の一以上増加しているのに、埋葬はわずかに一九二、〇〇〇から一九六、〇〇〇へ、すなわち四八分の一増加したに過ぎない。しからば当面の目的のためには、平均死亡率を平均または中位人口と比較することが明かに必要である。
 十箇年間の埋葬の総数に一二分の一を加えれば、前述の如く、二、一一二、七〇四となり、また中位人口は九、八八七、〇〇〇である。後者を前者で除すと、埋葬の年平均の人口対比率は一対四七弱となる。しかし出生率一対二九・五、死亡率一対四七をもってすれば、一国の人口は年々全体の七九分の一ずつ加えられることになり、十年にして人口を、二八七、〇〇〇から一〇、五三一、〇〇〇に増加させ、国外での死亡四三、〇〇〇を残し、そして出生超過に基づく計算とほとんど全く一致することとなるのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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 1)[#「1)」は縦中横] 出生及び死亡が与えられている場合、一定時期から任意の期間を隔てた時期の一国の人口を推算する一般公式は、Bridge's Elements of Algebra, p. 225. にある。
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[#式(fig45455_04.png)入る]
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 Aは任意年数後の所要人口を示し、nは[#「nは」は底本では「mは」]年数、Pは一定時期の現在人口、1/m[#「1/m」は分数]は年死亡の人口に対する比率すなわち死亡率、1/b[#「1/b」は分数]は年出生の人口に対する比率、すなわち出生率を示す。
 今の場合では、 P=9,287,000; n=10; m=47; [#式(fig45455_05.png)入る]
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[#式(fig45455_06.png)入る]
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 従って吾々は、前に推定した一八〇〇年ないし一八一〇年の出生及び死亡の脱漏は、真に近いと考え得よう。
 しかしもし、出生六分の一、埋葬一二分の一というこの脱漏が、一八〇〇年ないし一八一〇年の期間につきほとんど正しいと考え得るならば、それはおそらく一七八〇年ないし一八〇〇年の期間にも大して誤りを犯す危険なしに当てはめることが出来、そして出生だけに基づく結論の若干を是正するに役立ち得よう。正確な人口実測に次いでは、死亡以上に出ずる出生の超過による計算が最も信頼し得るものである。実際記録簿が一切の出生及び死亡を含み、そして既知の人口から出発する手段があるならば、それは明かに現実の人口実測と同じことである。そして記録簿の脱漏と国外の死亡についてほとんど正確な斟酌をする場合には、出生の総人口に対する比率――これがかかる頻々たる変化を蒙りやすいことは既にわかっているのであるが――によるよりも、このようにした方が、現実の人口実測に遥かにより[#「より」に傍点]近い計算が得られるであろう。
 一七八〇年ないし一八〇〇年の二〇年間に報告された出生の総数は、五、〇一四、八九九であり、埋葬の総数は、三、八四〇、四五五である。前者に六分の一、後者に一二分の一を加えれば、両者は五、八五〇、七一五及び四、一六〇、四九二となる。そして前者から後者を減ずれば、死亡以上に出ずる出生の超過は一、六九〇、二二三となるであろう。この超過を、出生から計算したリックマン氏の表の中の、七、九五三、〇〇〇という一七八〇年の人口に加えると、結果は九、六四三、〇〇〇となるが、これは国外の死亡につき適当の斟酌をしても、なお前に修正した一八〇〇年の人口より遥かに以上であり、また人口実測の結果として得られた表の中の数よりも更にいっそう以上である。
 しかし今述べたばかりのより[#「より」に傍点]安全な根拠から出発し、そして一八〇〇年の修正人口を確証されたものと考えて、それから、この場合約一二四、〇〇〇と思われる国外死亡者の蓋然数を引いた二十年間の出生超過を、差引くと、一七八〇年の人口は七、九五三、〇〇〇でなく七、七二一、〇〇〇となる。その数の方が真に近いと信ずべき十分の理由がある1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。しかも、啻に一七八〇年のみならず、更にその間の多くの年においても、出生による見積りからすれば、人口実測を行えばわかる本当の数よりも、人口はより[#「より」に傍点]大となり増加はより[#「より」に傍点]不規則になるのである。これは、出生の人口に対する比率が変化するものであり、そして一七八〇年及びその後の二十年間の他の時期に、一八〇〇年よりも大であったことから、生じたものである。
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 1)[#「1)」は縦中横] 一七八〇年と一七八五年との人口の差が極めて小さく表に出ているが、この事実はこれら二つの見積りの一方が誤っていることをはっきり意味するように思われる。
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 例えば一七九五年には、人口は九、〇五五、〇〇〇とされ、一八〇〇年には九、一六八、〇〇〇とされている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。しかしもし吾々が、第一の数を正しいと仮定し、その五年間の死亡以上に出ずる出生の超過を加えるならば、記録簿の脱漏を少しも斟酌しなくとも、一八〇〇年の人口は九、一六八、〇〇〇ではなく、九、三九八、〇〇〇であったはずであることを見出す。またはもし吾々が一、八〇〇年につき報告された数を正しいとすれば、それから、それに先立つ五箇年間の出生の超過を差引いて、一七九五年の人口は九、〇五五、〇〇〇ではなく、八、八二五、〇〇〇であったはずであることが、わかるであろう。だから出生による一七九五年の見積りは正確であり得ないということになる。
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 1)[#「1)」は縦中横] Population Abstracts, 1811. Preliminary View, p. xxv.
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 この期間の人口を知るためには、最も安全な方法は、上述の修正を記録簿に当てはめ、また国外死亡として男子出生の四・四分の一を斟酌して、残りの出生超過を一八〇〇年の修正報告数から差引くことである。この場合において、結果は、一七九五年の人口、八、八三一、〇八六となるが、これはこの五年間の増加が、出生から計算した表にあるわずか一一三、〇〇〇ではなく、四五五、九一四であることを、意味するものである。
 もし吾々が進んで同様な方法で一七九〇年ないし一七九五年の期間を見るならば、死亡以上に出ずる出生の超過(前述の修正を行い、かつ国外死亡として男子出生の四・四分の一を斟酌した上で)は、四一五、六六九となるであろうが、これを上記の如くして測定した一七九五年の人口、八、八三一、〇八六から差引けば、一七九〇年の人口として八、四一五、四一七が残る。
 同一の原則によって、一七八五年ないし一七九〇年の中間期における死亡以上に出ずる出生の超過は四一六、七七六となるであろう。従って、一七八五年の人口は七、九九八、六四一であろう。同様にして、一七八〇年ないし一七八五年の中間期の死亡以上に出ずる出生の超過は二七七、五四四であり、一七八〇年の人口は七、七二一、〇九七であろう。
 従って、一七八〇年ないし一八一〇年の人口に関する二種の表は次の如くなるであろう、――
[#ここから表]
一八一一年刊行人口摘要緒論にある、出生のみから計算した表
一七八〇年の人口/七、九五三、〇〇〇
一七八五年/八、〇一六、〇〇〇
一七九〇年/八、六七五、〇〇〇
一七九五年/九、〇五五、〇〇〇
一八〇〇年/九、一八六、〇〇〇
一八〇五年/九、八二八、〇〇〇
一八一〇年/一〇、四八八、〇〇〇
[#ここで表終わり]
[#ここから表]
記録簿の脱漏及び国外死亡を斟酌して、死亡以上に出ずる出生の超過から計算した表
一七八〇年/七、七二一、〇〇〇
一七八五年/七、九九八、〇〇〇
一七九〇年/八、四一五、〇〇〇
一七九五年/八、八三一、〇〇〇
一八〇〇年/九、二八七、〇〇〇
一八〇五年/九、八三七、〇〇〇
一八一〇年/一〇、四八八、〇〇〇
[#ここで表終わり]
 第一表すなわち出生のみから計算した表では、各五年ごとの人口増加は次の通りである、――
[#ここから表]
一七八〇年ないし一七八五年/六三、〇〇〇
一七八五年同  一七九〇年/六五九、〇〇〇
一七九〇年同  一七九五年/三八〇、〇〇〇
一七九五年同  一八〇〇年/一一三、〇〇〇
一八〇〇年同  一八〇五年/六六〇、〇〇〇
一八〇五年同  一八一〇年/六六〇、〇〇〇
[#ここで表終わり]
 第二表すなわち前記の修正を加えた後、死亡以上に出ずる出生の超過から計算し
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