ウェイではほとんど分業が行われていない。家内経済の必要品のほとんど全部は、各自の家計で供給される。啻《ただ》に醸造、パン焼、洗濯の如き普通の仕事が家庭で行われるばかりでなく、多くの家庭は自分自身のチイズやバタを作りまたは仕入れ自分自身の牛肉や羊肉を屠殺し、自分自身の雑貨を仕入れる。そして農業者や地方人は一般に、自分自身の亜麻や羊毛を紡ぎ、自分自身のリンネルや毛織布を織る。クリスチアニアやドロンタイムのような大都市にも、市場と呼ばるべきものは何もない。一片の鮮肉を得るのさえ極めて困難であり、盛夏の候でさえ一|封度《ポンド》の新鮮なバタはなかなか買えるものではない。一年のある季節に大市が開かれ、保存のきく一切の食料品はこうした時に買込まれる。そしてもしこの注意を怠ると、ほとんど何物も小売では買えないから、非常な不便を蒙ることになる。一時的に田舎に住居を構える者や農場を有《も》たぬ小商人は、非常にこの不便を喞《かこ》ち、また大きな地所を有つ商人の妻達は、ノルウェイの家族の家内経済は、あまり広汎複雑なので、それに必要な監督をするだけで注意が全部占められて、他を顧みる余裕はない、と云っている。
この種の制度が多数の使用人を必要とするに違いないことは明かである。その上、彼らはそれほど勤勉でもなく、同じ仕事をするのに他国よりも多くの人が必要であると云われている。その結果として、どんなところでも、使用人の比例は英国の二、三倍である。そして、田舎の農業者は、外見ではその使用人のどれとも区別がつかないのに、時として自己の家族を含めて二十人もの世帯を有つことがある。
従って生活資料が制限されていることは、未婚者よりも既婚者の方が遥かにひどい。そしてかかる事情の下では、商業資本の増加または農場の分割と改良によってより[#「より」に傍点]多量の仕事が既婚労働者に与えられるまでは、下層階級は大いに増加することは出来ない。もっと人口の多い国では、この問題は常に曖昧にされてしまっている。各人は当然に、その隣人と同様な就職の機会があると考え、もしある場所でしくじっても他の場所で成功出来ると考える。従って彼は結婚をし、僥倖をあてにする。そしてその結果はほとんど常に、かくの如くして作り出された過剰人口は貧困と疾病という積極的妨げによって抑圧される、ということになるのである。ノルウェイにおいてはこの問題はこういう風に曖昧にされない。労働に対する需要の増加が支持し得べき家族数の増加はより[#「より」に傍点]明瞭にわかる。人口は少ないので、都市においても、この問題に関して大きな誤謬に陥ることはない。そして田舎では、地所の分割や改良、及び家人《ハウスマン》の地位の増加は、誰にもはっきりわかることでなければならぬ。この地位を獲得し得るならば結婚して家族を養い得ようが、それが出来ないならば独身を続けることになる。かくして過剰人口は、生じて後に滅ぼされることなく、未然に防止されるのである。
上述の如き社会状態によって人口に対する予防的妨げが一般に普及し、また軍役参加のために早婚が妨げられるので、このことは、ノルウェイの下層階級のものの境遇を、土壌や気候の性質から想像し得るよりも良くする上に、大いに与《あずか》って力あることは、疑い得ない。漁撈により相当の食物の供給を得る望があるために予防的妨げが同じ程度には行われていない海岸地方では、人民は非常に貧しく困窮しており、奥地の小農よりも比較にならぬほど劣悪な状態にある。
ノルウェイの土地の最大部分は全く穀物が出来ず、気候は極めて急激致命的に変化する。八月の終り頃には特に鉄夜《アイアンナイト》とよばれる三夜があるが、その名はそれにより往々にして大豊作の見込を無にしてしまうところから出たものである。かかる場合には下層階級は必然的に困窮するが、しかしいずれも家畜を飼っているところの前述の家人《ハウスマン》を除けば、独立の労働者はほとんどいないのであるから、松の内皮をパンに混入しなければならぬというほどの困窮も、一般に冬の食料として蓄えることの出来るチイズや、塩バタや、塩肉や、塩魚や、ベイコンによって、緩和されるのである。穀物の不足によりもっとも困窮する時期は、一般に、収穫前の約二箇月である。そしてこの時には、極貧の家人《ハウスマン》でも一般に二、三頭は有ち多くの者は五、六頭を有っている牝牛は、乳が出始めるので、家族には、特に子供達には、大いに助けになるはずである。一七九九年の夏、ノルウェイ人の顔には豊饒と満足の色が浮んでいたが、その隣国のスウェーデン人は絶対的飢餓に悩んでいた。そして家人《ハウスマン》の息子や農業者の男児が、英蘭《イングランド》の同じ年齢、類似の境遇の男児よりも、よくふとっており、脚も発達していたことが、特に私の注
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