京致しました。他に身寄りもありませんからなにぶん宜しくお願いいたします』
紹介者もなく前触れもない全く突然の訪問であったが、我々には何となくこの仁が面白く思われ、一つにはかねてひそかに関心を持っているトラピスト修道院にいたというのにも心惹かれて、それ以来彼和田武夫氏は我が家の客となった。
妻は彼を綽名してウルスス君と呼んでいた。ウルススとはシエンキエイッチ作「何処に行く」の中に出て来る巨人で、暴帝ネロの眼前で猛牛を圧殺して姫君を救うというその面影に彼が似ているというのであった。
私はウルスス君を眺めていろいろ考えたが、菓子屋の中村屋にはこんな巨人に向く仕事がない。彼も自発的に巡査を志願して試験を受けに行った。どういうことを試験されたかと訊くと、
『富士山の高さは何程あるかと訊かれましたから、私は登ったことがないから知りませんと申しました。それから、泥棒を捕えた時はいかにすべきかと言いますから、私は、泥棒には将来を戒めて逃がしてやります、世間には泥棒などより悪いことをする奴がたくさんあります、その奴らを捕えないうちは小泥棒などは許してやるべきだと答えて来ました』
これではもう落第
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