平和回復の時を信じて原料を落さず、いつも最良の品を用いて来たことにより、お得意がいよいよ増加し、売上げが多くなって確実に繁昌の度を加えたこと等々、およそ世の投機的商才とは全然相反する誠実と辛抱の結果として、きわめて自然に持ち来たらされたものであった。同業者中にはここまで辛抱が出来ず、原料高に堪えかねて材料を落し、あるいは分量を減じて赤字から免れることに腐心するうち、次第に得意の信用を失い、ようやく平和となって利益の見られる時分には売れ高著しく減じて、とうとう破産したものも少なくない。
 私は店員諸子に言っておく。欧州大戦で私が経験したほどのことはなくても、物価が急に騰貴し、原料高で赤字に苦しむことは今後もあるであろう。その時は焦ってはいかぬ、常時における若干の利益は得意よりの預り物と考えて、力の能《あと》う限り辛抱し、預金の返済をするつもりで勉強することが必要である。そうすれば販売価格の引き上げられる時、または原料下落の場合に、出しただけのものはきっと戻されて来るものである。あまりに小心に目前の赤字を免れようとして値上げを急ぎ、また品質を落すなどのことは、商人として慎しむべきの第一であ
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