る中にあって、ずいぶん割の悪い人知れぬ苦心をしたものであった。材料は騰貴し、世間には金が洪水をなしているような話であっても、その半面には直接好景気のお蔭を被らぬ俸給生活者の生活苦の声があり、小売商はその間にあって、一方からは高い材料を買い、一方へはそんなに高く売れないという状態であった。それゆえ砂糖は二倍半まで上がったにかかわらず、菓子の売価は前後二回の値上げで、一本十五銭の羊羹を二十三銭に改め、約五割ほどの引上げをした程度に止まるのであったから、同業者は内実みな赤字となって困難した。それでも世間一般好景気の手前、泣言もいえぬという有様であった。
 しかしその赤字は停戦となって物価急落後の一年間に、だいたい補充することが出来た。それは前にも言ったように、中村屋は高値を見込んでの思惑買いというものをいっさいしていなかったから、すぐに安くなった材料を使えたこと、材料は下がってもいったん価格の上がった菓子はすぐ下がるというものでなく、なお相場の落着きを見るまで当分そのままに置かれていたから、これまでの赤字に引きかえ、普通以上の利益となったこと、もう一つはいかに原料高で赤字となって苦しい時も、
前へ 次へ
全236ページ中75ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 黒光 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング