子類は午後三時のおやつまでを限りとして売り切れる程度の製造に止めているから、たまたままとまった註文でも来ると、午前中に売り切れとなってしまうこともあって、お客様には不便を掛けてまことに申し訳ないのであるが、このくらいの内輪にしていてさえ、大夕立、大雪などに見舞われると、数十円の生菓子を残すことがある。もっともそんなことは年にまず三、四回あるかないかのものであるから、私はそういう時はその菓子を、日頃世話になる銀行とか郵便局、また育児院などへ寄贈し、どんなにそれが多量でも翌朝へ持ち越すことは決してしない。現在中村屋の繁昌はこうしてあらゆる角度から間違いのないことを期し、新しく良い品を廉く売ることによって招来されたものであって、決して華々しい商略で戦い勝ったというような性質のものではないのである。

 しかしまだここに一つの問題が残っている。いかに見込の八掛けで手がたく構えていたとしても、前日より用意しなければならぬパンの原料が、次の日の悪天候で処分し尽せぬということは時に免れぬものである。この場合これをいかにすべきかと百方苦心したが、今から十年ほど前にその解決策を発見した。すなわち前日仕込
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