ならず、いたずらに時間が経って燃料は煙になってしまう。何よりもつらいのは明日の註文が後れて間に[#「間に」は底本では「問に」]合わなくなることでした。損失は諦めるとしても、節季の餅はどちら様でも祝儀のものですから間違いがあってはならぬ、この心配でほんとうに身も細るようでした。
 暁方からは配達、近所は籠に入れ自転車で、遠方は大八車でまわりました。雨や雪が降るとその運搬の苦労なこと一通りではなかったのです。その頃は何しろ道がわるく、屋敷町などは泥濘に車輪を喰い込まれて途方にくれることがしばしばで、夜九時過ぎになってやっと戻ることさえありました。南信から来た常どんはその頃まだ十四、五歳、小柄であったが、忙しいからお前も配達しろと先輩にいわれて、餅をのせ自転車で新宿御苑の塀に添うた片側路を雪を蹴って走るうち、中心を失って溝の中に転がり落ちた。ちょうど通りかかった職人風の人に救い上げられ、常どんはべそをかきながらぬれねずみになって戻って来ました。骨の髄までしみ透る寒さにふるえ、泣いて報告する常どんを見た時は「雪の日やあれも人の子樽ひろい」の句を思い、ひそかに憐れでなりませんでした。
 当時まだ
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