夫婦はこの先代の失敗のあとを見て、互いに戒しめ、
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営業が相当目鼻のつくまで衣服は新調せぬこと。
食事は主人も店員女中たちも同じものを摂《と》ること。
将来どのようなことがあっても、米相場や株には手を出さぬこと。
原料の仕入れは現金取引のこと。
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 右のように言い合わせ、さらに自分たちは全くの素人であるから、少なくとも最初の間は修業期間とせねばなるまい。その見習い中に親子三人が店の売上げで生活するようでは商売を危くするものであるから、
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最初の三年間は親子三人の生活費を月五十円と定めて、これを別途収入に仰ぐこと。
その方法としては、郷里における養蚕を継続し、その収益から支出すること。
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 この案を加えて以上を中村屋の五ヶ条の盟とし、なにぶん素人の足弱であるから慎重の上にも慎重を期して、いわゆる士族の商法に陥らぬよう心がけるとともに、店を合理的に建て直すことに力を注いだ。
 私も妻も衣食のことには至って淡泊で、享楽を求める気持もないから、これらの条々に従うのにさしたる無理もなく、かえって店員たちと
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