同じに生活し、いっさい平等に働くところに緊張があり大いに愉快を感じるのであったが、困るのは現金仕入れの一条であった。
 当時の私としては借金して店を買ったのが精いっぱいで、開業早々あとには何程の所持金もない。さればとて郷里の両親に送金を頼むということも出来なかった。病気療養のために上京した年若い夫婦がそのまま東京に止まるさえ不都合というべきに、いわんや全く無経験の商売に手を出すなど危険千万、両親から見れば呆れ果てたことであったに違いない。頼んでやっても送ってくれる筈はないのである。私たちとしてもむろん自力でやって行きたかった。
 幸い子供の貯金がまだ手をつけずにあった。私どもは子供が生れた時から、将来教育費に当てるつもりで少しずつ積んで行き、こればかりは自分の所有にないものとして考えていたのであるが、見ると三百円になっている。無心の子供に対して勝手なようで気が引けたが、一時これを流用することにして現金仕入れを実行した。
 おかげで原料が安く手まわり、一方雇人たちも今度の主人の真剣さを理解してくれて皆々気を揃えて働き、それに我々の生活費を見込まぬという強味もあって、製品ははるかに向上し、
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