まだこれのみでなし、年に二度の湯治行き、あれをお前さん達は、並の湯治とお思ひかへと、得意顔に説き出せば、藤助ホクホクうなづきて、それやアなんぼ老人の己れだつても勘付かぬ事はなし、病人とも見えぬ身躰の保養三昧旦那のお種宿したき願ひと、口癖のやうにいふてはをれど、忙《せわ》しき旦那の一所に行かれぬを幸ひに須磨の海水、有馬の温泉と、毎年極まつて行くのなれど、薬は水でも湯でもなく白い首ののつぺり[#「のつぺり」に傍点]男とは、妾宅伝来のお鈴の蔭口、あれも大方近頃手当でも薄らいだのであらふ。この事だけは、一言旦那に申上げたけれど、奥様でさへ口をつぐまるるに、下部《しもべ》風情の、我等が出しや張る幕でないと、こらへてはをるものの、この間もこの間とて奥様の、お艶の留守を気にせられお艶殿が早う帰つてくれずでは、旦那様のお世話は不行届きがちでお気の毒やと、お艶の居ぬ間はいっそう旦那に気を兼ねらるる様子、まるで初心の嫁御寮が、姑の前へ出るやうなと、己れは見てさへ涙が溢《こぼ》れると老人の一徹に、思はず水涕打ちかめば、お針とお三は一時に吹出し、藤助どのの何事ぞ、当節柄そんな忠義三昧は流行らぬ流行らぬそれより
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