、年若き息子の、尋常ならず母に仕ふるさまは、いづれ由緒《よし》ある人の果てと。淵瀬の以前《むかし》知らぬ人も気の毒がり、水臭からぬ隣の細君《かみさま》、お秋が提ぐる手桶の、重さうなるを、助けて運びくるる事もあり。差配の隠居の親切に、何なりとも御用あらばと、いひくるるも嬉しく、泣きて移りし今の住居も、捨て難きまで思ひなりしは、貧に慣れし一徳にやなど、たまには母子《おやこ》の、笑ひ話する事もあり。金之介は学業半途に、呼び戻されて、学校を退きし身の、思はしき口とてはなけれど、世話する人あるを幸ひに、父の没後は土佐堀辺のある私立学校に通ひて、わづかなる俸給に、母子二人の口を糊するを、何よりの事と思ふ身の不運を、心ならぬ事に思へば、いかで今一度青雲の志を遂ぐる楷梯もがなと、精勤更に怠らず、暇あるをりをりは、独学に心を慰むる、若きには似ぬ心掛けの、校長にも知られてやその受けよし。今日は我が方に何か御馳走がある筈なれば、是非に同行して、ゆるゆる話したまへと、深切に勧めらるるを否みかね、母のさぞ待ち詫びたまはむにと思ひながらも、誘はれてそが方に行き、晩餐の饗応《ふるまひ》にあづかりたる後、好める学術の
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