事、私をもお前をも、お捨てなされし淵瀬様の事、いつまでも父様といふものでなし。聞けばこの頃それからそれへと引越して、今はいづこに居らるるやら、分らぬといふ人の噂。いづれにこの後よき事はなかるべきに、父様と呼ぶは私はもとより、そなたの為にもならず。それよりはそなたも年頃、今に我が腕一ツにて、善き父様探しあて、可愛がつて貰ふがよいと。果ては笑ひに紛らすを、思ひかねて再び問へば、それ程淵瀬様の恋しくば、そなたの勝手に尋ね行くがよし、味噌漉さげて使ひに遣らるる姿、我は見るのが嫌なれば、その日限り、我とは縁切と思へかしと、それはそれはつれなき詞に。金三の上お秋の上さては東京に在る金之介の上まで、気遣ひは気遣ひながら、どこを尋ねてよきやら分らず。小さき胸にはおきあまる思ひに寐られぬ夜もあるを、情知らずのお艶は、夢にも知らで過ぎけむかし。
その四
ここは大坂の町外れ、上福島村の何番地といふに、近頃引越したる親子あり。あるじは去年脳充血にて世を去りしとの事にて、今は母子二人の淋しき住居。裕《ゆた》かならぬ、生活《くらし》向きは、障子の紙の破れにも見え透けど、母なる人の木綿着ながら品格よきと
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