。いふは正《まさ》しく我を遠ざくる算段と金三は未だ心付かねど、せつかく気保養にと思ふお艶の家に在りても、お艶は多く座敷へ出で、傍らには居らぬがちなるさへ、飽かぬ心地せらるるに、この上|一室《ひとま》に閉籠もりて、影さへ人に見せられじとは、てもさても窮屈なる事と、少しは面白からず思ひしにや、その後は足も自づと遠ざかるを。お艶は結句、よき事にして、強ひては迎へず来ればよき程に待遇《もてな》せど、以前に変はる不愛想は、逐に金三の眼にもつきて、己れ不埓の婦人《おんな》めとさすがの金三も怒らぬにはあらねど、流れの身には有りがちの事と、それより後はおとづれもせず。この時にこそ金三も、無明の夢の醒めけらし。
 この間に立ちて殊勝にも、いぢらしきはお静にて、これはお艶の養ひ子とはいへ、稚きより淵瀬の本宅に人となり、石女《うまずめ》のお艶の、可愛がるやうにて、怖らしきよりは、万事物和らかに、情け深き本妻お秋の何となく慕はしく、多くはそが傍らに在りしに、お秋もまた遣る方もなき心の憂さを、この無邪気なる少女に慰めむとてか。お静お静と呼寄せての、優しき慈愛身にしみて嬉しく。果ては読み書き、裁ち縫ひの道しるべさ
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