ねど、甲田の手前それをこらへて、ヤケ腹に傍に置たる麦酒をグイ飲して、ようやくに忍びいたるなれば、酔の廻るにつれて前後を忘れ、我にもあらずそこに倒れ伏せしかば、今は花子とさしになりぬ。それより後は甲田、花牌の方は手につかず、とかく花子にものいひたげなり。どうも大変寒くなつて来ましたよ、この火鉢の火を一ツに寄せて、御一所にあたりながら遣ろうじやありませんか、大勢の時とは違つて、離れてゐては手都合が悪い。なにお寒くない事があるもんですか、さアずつとお寄りなさい。次第に火鉢と共に身を花子の方に寄するを、花子は迷惑げに逡巡し居たりしが、いつしか隅の方に押遣られて、今はその脊の襖と磨れ合う位になりぬ。甲田は軽き口調にて、どうも淋しくつて困るです、妻が居ないものですから。花子は無言。妻を離縁してからかれこれもう一年になるんです、がかういふ疎末な男ですから、誰も世話のしてがないんです。花子はなほ無言。で誰かあなたの御友人に然るべき方がございますまいか、どうか一ツ御尽力を願いたいものですな、事々しく花子の顔を覗きて、それともこんなつまらなひ男には御世話が出来んとおつしやるのですかといひたる時花子がかすか
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