素振りも見ゆるに、それそれその嬉しさうなお顔がいよいよ恠しいとまたも鈴子のからかひかかるに、よしよしお二人でたんとお意地めなさいまし、どうせ二人に一人ですから叶ひませんわ、だけど君子さんには私も申さねばならぬ事がありますよ、あなたは甲田さんを知らないとおつしやるけれど、甲田さんはあなたを知ツていらつしやいますよ、いつか私が御目にかかつた時、あなたの学校に竹村君子さんといふ方があるでしやうと仰しやつた事、兄も存知ておりまする、いづれその内篤と聞き合ひまして、この御返礼を致しませうと、なぶらるるやらなぶるやら、どちらへ団扇も上げられぬ、詞争ひそやし合ひ、あいも変はらぬ戯れ言も隔てぬ中の友垣は、よそに知られぬ楽なるべし。

   その二

 ここは処も嘘ならぬ本郷真砂町の何番地とやらむ、邸造りの小奇麗なる住居、主人は桜井直之輔とて、書生上りの若紳士、まだ角帽抜いで二年越とやら、某省傭の名義にての出仕、俸給は五本の指を超へまじけれど、家内は廿一二の美しき細君と、去年学校を卒業したりといふ妹の花子、下女のきよ[#「きよ」に傍点]に洋犬を合はせて、四人一匹の小勢なれば、暮し向きもさまで約しからず。
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