し覗きぬ。
 やがてお糸はやうやくに涙を収め、始めて少しは打明けたるらしく、重兵衛も次第に顔色解けて、しんみりとしたる相談ありたるらしく、それよりお糸はしばし里方に留置かるる事となり、重兵衛は庄太郎への手紙|認《したた》め、お駒と長吉に持たせて、この二人をのみ車にて送り帰しぬ。
 庄太郎の怒りはいかばかりなりけむ。直《す》ぐにも飛んで来るべしとの機を察して、重兵衛は直ちに媒妁人方へ駈付け、表向き離婚の談判開きたれば、さすがの庄太郎もこれに気を呑まれて、少しはその身を省みたれど、かかる男の常とて、未練と嫉妬はますますその身を燃やし来り、おのれツお糸の畜生女め、我に愛想を尽かせしな、おのれツ重兵衛の禿頭め、我が女房が死んだる淋しさに、我が妻を奪ふ心になつたなと、我が行為のお糸を遠ざからせ、重兵衛を怒らせたる素因《もと》を忘れて、二人をのみ怨み罵りぬ。
 されど未練心にお糸を賺《すか》して見むとや、淋しさに堪へねば一日も早く帰りくるるやうと、筆にいはせてしばしばお糸の方へ送りたれど、重兵衛は義理ある娘を、いかでかは再び彼が如き者にあたふべき。いづれにも離縁させたる上、よき方へ片付けむとの過慮
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