胸轟かせしが、よくよく思ひ定めたる義父の様子に容易《たやす》くは答《い》らへせず。さしうつむきて考へゐたれど身をしる雨はあひにくにはふり落ちて、義父に万事を語らひ顔なり。されどお糸は執拗《しふね》き夫のとても一応二応にて離縁など肯はむ筈はなし。なまじひに手をつけて、なほこの上の憂き目見むよりは、身をなきものに思ひ定め、女の道に違はぬこそ、まだしもその身の幸ならめと、はやる情《こころ》を我から抑へて、
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イイエさういふ事はござりませぬ。とかく人と申すものは、悪い事はいひたがりますもので。
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立派にいふて除けるつもりなりしも、涙の玉ははらはらはら、ハツト驚くお糸の容子《かほ》に、前刻《せんこく》より注意しゐたる義父は、これも堪へず張上げたる声を曇らし、
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お糸、お、お前はおれを隔てるなツ。
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これに胸を裂かれて、わつと泣入るお糸、ウウームと腕を組みて考へ込む義父、千万無量の胸の思ひに、いづれ一句を出さむよしなし、双方無言の寂寥に、我を忘れて縁側に戯れ居たるお駒と長吉とは、障子の隙よりソッとさ
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