といひしかといふ事まで、落もなく聞き糺すに、お糸はまたもや一つの苦労を増して、いとどその身を望みなきものに思ひ、我からそれをも断りて、死ぬをのみ待つ心細さを、思ひやる奉公人の、いとしいとしとよそでの噂、伝はり伝はりて事は次第に大きくなり、お糸の父なる重兵衛の耳を、ゆくりなくも驚かせぬ。
 重兵衛は聞き捨てならぬ娘の身の上、いかに嫁に遣つたればとて、命にまではのし[#「のし」に傍点]は付けぬ。それにお糸もお糸じや、おれを義理ある父と隔て、それほどの事なぜ知らせてはくれぬ。ああ水臭い水臭い、それもお糸は承知の上であらふかなれど、里が義理ある中やさかい、よう帰らんのじやと人は噂するわ。よしよしそれではお糸を呼び寄せ、篤と実否を糺した上で、もし実情なら無理にでも、取戻さねば死んだ女房に一分が立たぬと、独り思案の臍《はら》を堅めつ、事に托してお糸を招きぬ。
 幸ひにもこれは庄太郎在宅の時の迎へなりしかば、渋々ながら聞き入れられて、お駒と長吉の二人を目付けに差添へられ。お糸は六角なる里方に帰りぬ。
 さて義父よりかくかくの噂聞き込みたれば、その実否尋ねたしとて呼び寄せたるなりといはれ、お糸はハツと
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