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 なぜ悪かつたとあやまらん、家の規則を破つておいて、あやまらんほどの図太い女なら、わしもまたその了簡がある。何いふ事を聞かせいでか。
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 それよりは仮初の外出にもお糸を倉庫へ閉籠めて、鍵はおのれこれを腰にしつ。三度の食事さへ窓から運ばするを人皆狂気と沙汰し合ひぬ。
 かくてもお糸は女の道に違はじとかや、はたまた世を味気なきものに思ひ定めてや、我からその苦を遁れむとはせず。ただ庄太郎がするままに任せて、身を我がものとも思はねども、さすが息ある内は、大徳も煩悩免れ難きを、ましてやこれは女の身の、狭き倉庫へ閉籠められたる事なれば、お糸は我が身の上悲しく浅ましく、情過ぎたる夫の情余りて情けなの心は鬼か蛇なるかと、ただ恨みかつ歎く心は結ぼれ結ぼれて、遂には世にいふ気欝病とやらむを惹き起こしたりけむ。日毎に身の痩覚えて色青ざめゆくを、下女どもはいとしがりて、
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 まアあんたはんの今日この頃の御顔色はどうどすやろ。それも御無理はござりませぬ、なぜお里へ逃げてはお帰りやさんのどす。私等もあんたはんがおいとしさに、辛抱はしております
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