[#ここで字下げ終わり]
 一|廉《かど》慰め顔にいふ詞も、お糸にとりては何となくうるさく情なければ、とかく詞《ことば》寡《すく》なに、よそよそしくのみもてなすを、廻り気強き庄太郎は、おひおひに気を廻し、果ては我を疎んじての事とのみ思ひ僻みけむ。お糸の心の涙はくまで、いとど内外に眼を配りぬ。
 涙の内にも日は過ぎていつしか忌明といふに、お糸の父は挨拶かたがた近江屋方に至りしに、この日も折悪しく庄太郎留守なりしかば、男には逢へぬ家法ながらも、父といひ殊にはまた、母亡き後は義父ながらも、この人ひとしほなつかしければ、他人は知らず父にはと、お糸もうつかり心を許し、奥へ通してしばし語らひし事、庄太郎聞知りての立腹おほかたならず、
[#ここから1字下げ]
 たとへお父さんに違ひないにしても、根が他人の仲じやないか。それもお母アさんの生きてゐる内なればともかく、死んだら赤の他人じや。それを私の留守に奥へ通すとは何事じや。どうもおれは合点がゆかぬ。
[#ここで字下げ終わり]
 あまりの事にお糸も呆れて、それ程私を疑ふなら、もうどうなとしたがよいと、身を投げ出して無言なり。庄太郎はまた重ねかけて、
前へ 次へ
全45ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
清水 紫琴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング