やろ。
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促し立つる気色浅ましく、ああ人の妻にはなるまじきものと、お糸はつくづく思ひ染みぬ。
わづかに一夜の通夜を許されたるのみ。その翌朝は庄太郎、一度自宅へ立戻りて衣服など改め来り、参拾銭の香奠包み、紙ばかりは立派に、中は身分不相応なるを恥もせでうやうやしく仏前に供へ、午後はお糸と共に葬式の供に立ちたれど、その実誰の供に行きしやら分らず。眼は亡き人の棺よりも、親類の誰彼に立交らふお糸の上にのみ注がれつ。事果つるを待ち侘びて直ちに我が家へ連れ帰り庄太郎はホツと一息したれど、お糸の面《おもて》はいとど沈み行きぬ。かくて一七日《ひとなぬか》二七日《ふたなぬか》と過ぎゆくほども、お糸は人の妻となりし身の、心ばかりの精進も我が心には任せぬを憾《うら》み、せめてはと夫の家の仏壇へともす光も母への供養、手向くる水も一ツを増してわづかに心を慰むるのみ。余事には心を移さぬを、庄太郎は本意なき事に思ひて、
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お糸マアそないにくよくよせんと、ちつとはここへ来て気を晴らしいなア。何もこれが逆さま事を見たといふではなし、親にはどつちみち別れんならんものやがな
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