逝くという人には、何事もお聞かせ申さぬが何よりの孝行と、わざと嬉しげなるおももちにて、
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 さうでござりまする、誠にやさしい人で、私も幸福でござりまする。どうぞお母アさん何も御心配おしやはんと……
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 さりげなくいふお糸の胸は、乱れ乱れてかきむしらるるやうなり。さるを庄太郎は急に帰りさうなる気色もなく、とかくうるさく附き纒ふを、親の手前よきほどにもてなして、心は母の枕辺にのみ附き添へど、勤めは二ツ身は一ツ、一ツの躰を二ツに分けて、心を遣ふぞいぢらしき。
 かくて庄太郎夜は帰れど昼は来て、三日ばかり経し明け方、医師の見込よりは、一日後れて知らぬが仏の母親は、何事も安心して仏の御国へ旅立ちぬ。お糸は今更のやうに我が身の上悲しく、ああ甲斐もなきこのわたしをなど母様の伴ひたまはざりしと、音にこそ立てね身をもだえて泣き悲しむ傍らに、庄太郎が我を慰め顔に共泣きするがなほ悲しく、ああこれがこんな人でなければとお糸はいとど歎きの数添へぬ。
 知らぬ庄太郎は早これにて事済みたるかのやうに、
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 お糸もう明日はいぬる[#「いぬる」に傍点]
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