ひ放ちたるに、それより庄太郎の気色常ならず、せきかくの花見もそこそこにして、帰りは合乗車といふは名のみ。面白からぬ心々を載せたればや、とかくに二人が擦れ合ふのみにて口も利かねば、たまたまの事にまた旦那が箱やを起こして、ほんに陰気な事やつたと、下女も丁稚も小言《つぶや》きぬ。
その翌日も日一日庄太郎は、絶えてお糸にものいはず、されどその人に在りては、かかる事珍しきにもあらねば、また旦那の病が起こりしとのみ思ひて、お糸も深く心にとめず。まさかに昨日の幸之介一条、心にかかりてとまでは推せねど、ただ危きものに触るやうにして、やうやくに日を暮せしに、やがて寝に就かむとする十時頃に、
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ヘイ郵便が参りました。
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と上《か》み女の梅の持ち来りしを、庄太郎は手に取りて、見て見ぬ振り、無言にお糸の方へ投げ遣りぬ。お糸は近江屋様にてお糸様とあるに、我のなりとうなづきて開き見れば、きのう逢ひし幸之介の妹なつといふより寄せしなり。たださらさらと書き流して何の用もなければ、きのう兄より御噂承りて、あまりの御なつかしさにとあるのみ。されど絶えて久しき友よりの手紙
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