中垣堅く結べる庄太郎も、今日は悋気の沙汰を忘れて、これみよがしに連れ歩行《ある》きぬ。
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 これお糸ちよつと見いな、あの桜の奇麗に咲いた事なア、もう二三日後れると、散りかかるところやつたぜ。
 さうどすなア、いつも十五六日頃どすけれど、今年はちつと早かつたと見えますなア。
 さうやどこで休もな、三軒家あたりがてうどよいのやけど、あまり人が込んでるさかい、どこぞ外の処で。
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とは茶代の張るを厭ひてなるべし。折からとある茶屋の床几《しやうぎ》に腰掛けゐたりし、廿五六の優男、ふし結城の羽織に糸織の二枚袷といふ気の利きたる衣装《いでたち》にて、商家の息子株とも見ゆるが、お糸を見るより馴れ馴れしげに声かけて、
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 これはこれはお糸さん、あなたも今日はお花見どすか。可愛らしいお子様の、いつの間にお出来やしたの。
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 ちよつと庄太郎に会釈して、愛想よし。お駒の頭撫でなどするを、苦々しげに見てをりし庄太郎に、お糸は少しも心付かず、
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 ほんにあなたは幸之介様でござりましたへな、ついお見それ
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