て、見渡す限り錦なる花の都の花の山、水にも花の影見えて、下す筏も花の名に、大堰の川の川水に、流れてつひに行く春を、いづ地へ送り運ぶらむ。川を隔てて見る人の、顔も桜になりながら、まださけさけと呼ぶもあり。菓子売る姥の強ひ上手、甘きに乗りてうつかりと、渋き財布を解くもあり。人さまざまの花莚敷き連ねたるそが中を、夫婦に子供下女丁稚五人連れにて過ぎゆくは、これ近江屋の一群なり。お糸は日頃籠の鳥、外に出る事稀なれど、春の花見と秋の茸狩[#「茸狩」は底本では「葺狩」]これのみは京の習ひとて、いかに物堅き家にても催すが例なれば、庄太郎も余儀なく、世間並に店のものは別に出しやりつ、お糸は己れ引連れて、かくは花見に出でしなり。外珍しき女の身、殊には去年近江屋へ嫁ぎてより、あるに甲斐なき晴小袖、かかる時に着でやわと、お糸はさすが若き身の、今日を晴れとぞ着飾りたれば、器量も一段引立ちて、美しき女珍しからぬ土地柄にも、これはと人の眼を驚かし、千鳥足なる酔どれの酔眼斜めに見開きて、イヨー弁才天女と叫ぶがあれば、擦れ違ひざまに、よその女連のほんに美しい内方と囁きながら振返るが嬉しく、日頃は人の眼にも触れさせじと、
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