耳に挾みし子供等の、口より口に伝はりて、現在父の悪口とも知らぬ子供の、よそでなぶられ笑はるるも、誰が心のなす業ぞや。さはいへ夫を恨むは女の道でなし、我に浮きたる心微塵もなけれど、疑はるるはこの身の不徳、ああ何となる身の果てぞと、思案に暮るるをお駒は知らず。継子根性とて、あるものを惜しみて、母のくれぬものとや思ひ違へけむ、もうもう何にもいりませぬといはぬばかり、涙を含み口尖らせ、台所の方へ走りゆく後姿いぢらしく、お糸は追ひかけて、外のものを与へ、やうやくに機嫌とり直しぬ。
五時といふに庄太郎は帰りつ。約束の土産の外に、お糸が日頃重宝がる、小椋屋のびんつけ[#「びんつけ」に傍点]さへ買ひ添へて、いつになき上機嫌、花の噂も聞いて来たれば、明日は幸ひ日曜の事、お駒をも連れて嵐山あたりへ、花見に行かむといひ出たるは、長吉の報告に、今日の留守の無難を喜びての事なるべし。お糸も優しくいはれて見れば底の心はすまね[#「すまね」に傍点]ども、上辺に浮きたる雲霧は、拭ふが如く消え失せて、その夜は安き眠りに就きぬ。
中
よそにまたあらしの山の花盛り、花の絶間を縫ふ松の、翠《みどり》も春の色添ひ
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