嫌なりしところへ、長吉帰り来りて、九時三十分といふ報告に、さうさうはゆつくりと構へて居られず、
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ええか、今いうただけの事は覚えてるな。
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念の上にも念を推してやうやくに立上り、辻車の安価なるがある処までと長吉を伴につれ、持たせたるささやかなる風呂敷包の中には、昼餉《ひるげ》の弁当もありと見ゆ。心残れる我家の軒を、見返りがちに出行きたり。
しばらくありて丁稚の長吉、門の戸ガラリ、
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ヘイ番頭さんただ今、
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いひ訳ばかり頭を下げぬ。名は番頭なれどこれも白鼠とまではゆかぬ新参、長吉の顔見てニヤリと笑ひ、
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安価《やす》い車があつたと見えて、今日はどゑろう早かつたな。またお前何やら、大まい五厘ほどの駄賃貰ろて、お糸さんの探偵いひ付けられて来たのやろ。そんな不正《いが》んだ金は番頭さんが取上げるさかい、キリキリここへ出せ出せ。
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おだてかかれば、上を見習ふ若い者二三人、中にも気軽の三太郎といふが、
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これ長吉ツどん、う
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