みのまま、銀につきつけて、それでもつて撲《ぶ》ち殺してある、鉋《かんな》や鑿《のみ》や鋸や、または手斧《ておの》や曲尺《まがりかね》や凖《すみ》縄や、すべての職業道具《しようばいどうぐ》受け出して、明日からでも立派に仕事場へ出て、一人の母にも安心させ、また自分の力にもなつてくれるやうにと、縋《すが》りつくやうにして泣き且つ頼んだ。そして
「ねえ、お願いだから」
とこれが最後のことばであつた。
けれども、性来|執拗《ごうじよう》な銀は、折角の好意《こころ》も水の泡にしてしまつて、きつぱりその親切を、はねつけた。小気味よく承知しなかつた。渠《かれ》のいふ所によると、これでも舊《もと》は「大政《たいまさ》」ともいはれた名たたる棟梁の悴《せがれ》である。よし、母子二人|倒死《のたれじに》するまでも、腹の中をからにして往生するにもしろ、以前、我が家の昌《さか》つた頃、台所から這ひずつて来て、親父の指の先に転がされて働いた奴等の下職人《した》とはなつて、溝板|修覆《なお》しや、床などの張換へして鉋を磨いて痩腹《やせばら》膨らかすやうな、意気地の無い、卑劣《しみつたれ》な真似は、銀が眼の玉の黒いう
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